0.筆者について
1999年福岡生まれ。九州大学大学院数理学府修士課程在籍。研究では、統計的因果推論の社会実装を研究。過去には、大手スーパー/ホームセンター/行政等でデータ分析、企画、リサーチ等、多岐に渡り従事。
1. はじめに
1.1. MMM(マーケティングミックスモデリング)とは何か?
マーケティング・ミックス・モデリング(以下「MMM」と表記)とは、テレビCMやSNS広告、オフライン施策など複数のマーケティング施策が施策にどれほど寄与しているのかの費用対効果を統計モデルを用いて推定する手法です。近年プライバシー規制の影響でサードパーティーCookieの規制が強まる中で再注目されています。
1.2. オープンソース型のMMMツールを導入する意義
従来のMMMは商用ソリューションに依存しており、費用が高額かつブラックボックスな実装に課題がありました。しかし近年では、GoogleやMetaといった大手企業がオープンソースとしてMMMのフレームワークを公開しており、エンジニアやアナリストが自社の環境で簡単、そして柔軟に構築・改良することができるようになりました。このオープンソース型のMMMツールの活用はコスト面、透明性、カスタマイズ性の面から特に大手企業では非常に有用なのです。
1.3. 本記事の目的
本記事では、現在広く使われている主要なオープンソース型MMMツールである「Robyn」「LightweightMMM」「Meridian」の3つを取り上げ、それぞれの特徴と違いを比較・整理します。目的は、MMM導入検討中のクライアントが自社のユースケースにあった最適なツールを選定できるようになることです。
2. 各ツールの概要と背景
2.1. Robynとは
- 開発元: Meta(旧Facebook)
- 主な言語: R
- 特徴: ShinyベースのUI、Nevergradによる自動ハイパーパラメータ最適化、MCMCベースの階層ベイズモデルによる高精度な推定
- ユースケース: 広告予算の配分、複数ブランドの統合モデリングなど
なんといっても最大の特徴は、自動で下記のような分析画像が出力されます。

(引用:MMM(マーケティングミックスモデリング)ツール「Robyn」の使い方)
2.2. LightweightMMMとは
- 開発元: Google
- 主な言語: Python
- 特徴: TensorFlowベース、軽量・高速、ROI最適化機能が組み込まれており、PoCに適した実装
- ユースケース: 検証用の分析、短サイクルでのモデリング更新、複数シナリオの高速試算

(引用:https://lightweight-mmm.readthedocs.io/en/latest/index.html)
2.3. Meridianとは
- 開発元: Google
- 主な言語: Python
- 特徴: MMMに加えてアトリビューション機能も内包。統合分析に強み。Google Cloud Platform(以下「GCP」と表記)環境に最適化されており、スケーラブルな分析基盤として機能。
- ユースケース: 複数チャネル横断での貢献度分析、社内BIツールとの接続
アトリビューションとは
ユーザーが最終的に購入や問い合わせといったCV(コンバージョン)に至るまでに、どの広告やチャネルがどれだけ貢献したのかを評価する考え方・手法のこと。

(引用:https://developers.google.com/meridian?hl=ja)
3. 機能比較表
機能/ツール | Robyn | LightweightMMM | Meridian |
開発元 | Meta | ||
使用言語 | R / Python | Python | Python |
可視化 | Shiny UI | グラフ出力 | 設定次第で可視化可能 |
最適化アルゴリズム | Nevergrad | 明示的チューニング | GCP連携前提 |
分析モデル | 階層ベイズ / MCMC | ベイズ回帰 | ベイズモデル+アトリビューション |
推奨環境 | Docker / GCP / ローカル | Python環境 | GCP環境必須 |
モデル更新頻度 | 中(パラメータチューニングに時間がかかる) | 高(高速) | 高(自動スケーリング前提) |
4. MMMツール選定フローチャート
どのMMMツールを使うべきなのかを簡単なフローチャートにまとめました。冒頭にフローチャートの全体像を先に貼っておきます。

4.1. ✅まずは手軽にPoC(検証)を回したいか

MMMの導入を検討する際に、多くの現場でまず「試しに回してみたい」「短期間で広告の効果の傾向を把握したい」といったスモールスタートが求められます。こうしたニーズに対して、最初の分岐点として「PoC(Proof of Concept, 直訳: 概念実証)を軽く回したいかどうか」を明確にしておく必要があります。
上記の選択に対して「はい」と答える場合、4.2の設問に移動します。「いいえ(がっつりやりたい)」場合は、4.3の設問に移動します。
4.2. ✅パラメータの不確実性や階層構造の考え方を理解できるか

PoCを手軽に始める場合でも、「パラメータの不確実性や階層構造の考え方を理解できる」かどうかが大きな分岐点となります。言い換えると、モデルから得られる数字を「直感的に使いたい」のか「構造や推定の背景も踏まえて活用したい」のかのスタンスによって適したツールが変わってきます。
LightweightMMMは、スピーディーに広告施策の傾向を掴みたい場合に最適な手法です。一方でRobynは、モデル構造まで理解した上で精度高く活用したい方にフィットしています。
4.3. ✅GCP(Google Cloud Platform)環境で統合管理したいか

MMMを本格運用していくにあたって、次に考えるべきは分析環境とデータ基盤の整合性です。特に複数の施策やデータソースを扱う場合、「どのプラットフォームでモデルを動かし、レポートまで繋げるのか」は実務上で大きなポイントとなります。
ここで重要なのが、「Google Cloud Platform(以下、「GCP」と表記)上で運用・管理したいかどうか」です。
Meridianは、GoogleがGCP上での大規模な運用やBI連携を前提に設計しています。
そのため、MMMを一時的な分析に留めずに、定常的な意思決定の基盤として活用したい場合にはMeridianは非常に有効です。
一方で、GCP環境がまだ整っていなかったり、ローカル環境・他クラウド環境での自由度を重視したいというケースではRobynが適しています。
Robynは割と簡単に使える上で、Docker対応やShiny UI搭載など、柔軟かつ自走しやすい構成になっています。そのため、自社環境に合わせたカスタマイズやデプロイが容易で合ったり、エンジニアと分析者が協力しやすいような設計になっています。
5. 導入に向けた実務上のポイント
MMMは「モデルを動かせるか?」ではなく、「使い続けられるか?」が最も重要です。 ここでは、実際の導入にあたって考慮すべき設計の要点を紹介します。
5.1. 技術環境の整備とデプロイ戦略
- Robyn:Docker, R/Python環境、Nevergradのセットアップ
- LightweightMMM:Python環境のみでOK
- Meridian:GCP構成(BigQuery, Vertex AI, Cloud Functions)が前提
5.2. プロジェクト体制と役割設計
MMMは1人で完結するものではなく、分析・解釈・施策立案・レポーティングの連携が必要不可欠です。
- 分析者(データアナリスト):モデル設計・実行・評価
- マーケ担当:施策の現場知識と解釈サポート
- レポート作成・共有:UI/BI連携、社内報告
→MMMは「分析チームだけ」で終わらせると必ず形骸化します。
5.3. 継続運用と改善フローの仕組み化
MMMは1回分析を回して終わりではなく、データが更新されるたびに再学習・再評価が必要な運用型のモデルです。
- モデル更新:基本は月次〜四半期が主流(業界やKPIによります)
- 評価方法:Holdout検証 / ROAS変化 / シュミレーション結果の妥当性
- レポート:経営層向け・マーケ向けで分けたフォーマットの作成
5.4. 社内浸透のための可視化と展開
- RobynのShiny UIはマネジメント層にも伝わる武器となり得る
- LightweightMMMは可視化を別途整備する必要あり
- 社内共有は「見せ方設計」から逆算してMMMツールを選ぶのが正解
5.5. 明日からできる3つのこと
5.1から5.4を踏まえて明日からできる3つのことをまとめました。
- 自社でGCP環境を使っているのか確認する
- 現在の広告施策の評価方法を棚卸しする
- 分析を誰なのか、解釈は誰なのか、共有は誰が担うのかを整理する
上記3つだけでも、MMM導入を前進させることができます。
6. まとめ
- Robyn / LightweightMMM / Meridianはそれぞれ異なる強みを持つオープンソース型のMMMツール
- MMMツールの選定において大切なのは、”性能”よりも”活用文脈”に合っているかどうか
- 特にRobynとLightewightMMMは手軽にPoCが可能であり、まずは試しにMMMを活用したい場合におすすめ